
「晋作さま。何をそんなに難しい顔してはるんです?」
「あ、ああ。すまん」
ぼんやりと考えごとをしていたせいで、杯が傾いて酒が零れそうになっていた。慌てて、ぐっ、と呷り干す。
「もう。そんな顔、晋作さまにはお似合いになりまへんえ」
「そうどす。いつも通りに、ね?」
しかし、そんな気分にはなれなかった。
昨日から、ずっと頭から離れないこと――あいつの、誕生祝い。
いったい、何をしてやればあいつは喜ぶのだろう?
着物? 小物? 化粧道具? それとも食い物か?
いや、どれも違うような気がする。
今まで、女には数々の贈り物をしてきた。この茶屋に居る三人の芸鼓にも、座敷に呼ぶ度にあれやこれやと手土産を持ってきたような気がする。
なのに――そのどれをとっても、あいつに相応しくないような気がする。
いや、何をやっても喜ぶのだろう。だが、俺の欲しいものはそんなものじゃない。
「いややわあ。また考え込んではる」
「悩ましいお顔も、またようおすけどなあ」
くすくすと笑いながら、芸鼓が酒を注ぐ。はあ、とひとつ溜め息をつきながら、俺はまた酒を呷った。
「よかったら、うちらにお話ししてみんせん?」
そうだな。おなごのことはおなごに聞くのが一番かも知れんな。
あいつの生まれたというその日。
俺は、昼日中から小間物屋の前で芸鼓と待ち合わせをしていた。あの日の三人の中でも一番の年長の、月夜《つくよ》という芸鼓だ。
「お待たせしてしもうて。申し訳ありまへん」
「いや、構わん」
「こんなお天道さまの高いうちから晋作さまにお会いできるやなんて。ほんま、風音《かざね》と雪路に恨まれるわ」
そう言って鈴を転がすような声で月夜が笑う。よく言う。こんな役は年長の自分に譲れと、ふたりを散々脅しておいて。
月夜が指定したのは、あいつが通りかかる可能性の高い店だった。一体、何をするつもりなんだ?
俺の疑問をよそに、月夜は嬉しそうに小間物屋の店先に並んだ簪を自分の髪にかざし、小首を傾げて俺を見る。
「これなんて、うちに似合いますやろか?」
まったく、何を考えているのか分からない。ここであいつに見合うものを探すつもりではないのか?
お前くらいの美人なら何でも似合うだろう、そう言って少し溜め息をつくと、そんな俺を見て月夜が笑う。
「ねえ、晋作さま。お話の、誕生祝いを送りたいというお嬢はん……その方、晋作さまのことをどうお思いなんでしょうかねえ」
「さぁてな。憎く思っている訳ではないのは確かだがな」
分かるものなら、教えて欲しいものだ。あいつの本心が分かるのなら、どんな苦労だって惜しみはしない。
「お伺いしている限りでは、ほんまに初心《うぶ》なお嬢はんとお見受けしましたけど」
くすくすと、月夜が口許を押さえる。
「京や伏見の芸鼓で、晋作さまに憧れへんおなごはおりまへん。わざわざそんなお嬢はんを相手にせんでもよろしいでしょ?」
「はっ。その同じ口で、一体何人の男に同じことを言ったんだ?」
自分でも、分からない。どうして俺は、あいつを求める? 器量のいい女は、ごまんと居る。教養のある女も、ごまんと居る。
だが、あのときのあの感情――あれは、何と呼べばいい?
何者かも、どんな女なのかも、何も分からずに……それでも揺さぶられる、このこころ。
そして、あいつを知るたびに……目を、離せなくなる。
それをごまかそうとして、軽口で「俺の嫁」と呼んでみる。真実を知られることが、俺は、怖いのだろうか?
綺麗に並べられた、色とりどりの簪。どれもあいつに相応しそうで、どれも相応しくないような気がする。それは、俺の感情に似ていた。
「……晋作さん」
背中から、そう呼ばれた。はっと振り返ると、そこにはあいつが居た。慌てて、簪を元の場所に戻す。
「おう。奇遇だな」
「あの……そちらの方は?」
気づくと、月夜が俺の腕に絡まっていた。ふふっ、と笑いながら、あいつに挑戦的な瞳を送る。
「晋作さまには、いつも贔屓にしてもろうてます。雫屋の月夜、と申します」
月夜は、そう言ってさっき俺が眺めていた簪を手にした。
「晋作さま。これが一番お気にならはりました? うちに似合いますやろか?」
俺を見上げながら、月夜が嬉しそうにそう言う。一体何のつもりだ……焦って横目でちらりとあいつを見ると……。
一瞬で、あいつの顔色が変わった。色白の顔を染め、眉根を寄せて……ふいっ、と視線を逸らす。
それは、まるで――
「あら。やきもち焼いてはるんかしら? 小娘にしては生意気なこと」
月夜のひと言に、あいつは顔を蒼白にして「お邪魔しました!」と踵を返した。
「お……おいっ!」
追いかけようとしたとき、月夜が俺の腕を捕らえた。あいつの背が、遠ざかる。月夜を振り返って睨もうとすると、月夜は満足げに笑った。
「……もう、お分かりにならはったでしょ?」
――ああ。
そういうこと、か。
「……月夜。その簪、俺の勘定《ツケ》で買え。礼だ」
返事を待たず、俺は駆け出した。あいつの、背中へと。
隠されたあいつのこころ。隙間から見せた、あいつの真実。
「これでは、俺への贈り物じゃないか」
おかしくなって、俺はあいつを追いかけながらどうにも笑いが零れるのを止められなかった。
あいつの誕生日。俺の真実を、お前にやろう。もう、隠しなど――しない。
