「幕末志士の恋愛事情」いわゆる「がちゃ」のお話。まずはお話を読んで、そこから好きな志士のお話へ飛んでみてください。一番下にがちゃアイコンがあります。お話がUPされるとOPENしますので、まだの志士はしばらくお待ちください。
「おはようございます、武市さん」
いつもの朝。いつものようにみんなの集まる部屋に行くと、武市さんがのんびりとお茶を飲んでいた。
「おはよう。今朝も元気ですね」
「はい! 元気すぎて、お腹が空いて目が覚めました!」
ちょこんと武市さんの前に座ると、武市さんはくっくっと喉を鳴らして笑った。
「元気なのは髪だけではないみたいだね」
はっと気づいて頭に手を遣る。元気なのって、私の体調のことじゃなかったの!?
そんな私を見て、武市さんがますます笑う。
「なんじゃ、えらく楽しそうじゃのう」
襖を開けて入ってきたのは龍馬さんだ。少し、機嫌が悪そう。
「龍馬さん、おはようございます」
「おう、おはよう」
そう言って私の寝癖をぐしゃぐしゃと掻き回して、龍馬さんは武市さんを睨んだ。
「……まったく。僕の何が気に喰わないんだ」
「油断も隙もないからのう、武市は!」
「はいはい、朝から喧嘩は止めて下さいっスよ、お二方!」
後ろからの声に、思わず振り返る。
「あ、おはよう、慎ちゃん」
「姉さん、おはようございます」
にこにこと笑う慎ちゃんに、私も自然に笑ってしまう。ふたりでそうして笑い合っていると、じろりと龍馬さんに睨まれた。
「……中岡も、油断ならん」
「同意見だ」
「え、な、何がですか?」
「俺が何したって言うんですか」
「……無自覚なのが一番始末が悪い」
ほうじゃほうじゃ、そう言って龍馬さんがうんうんと頷く。何がなんだか分からなくて慎ちゃんと顔を見合わせたとき、また襖が開いた。
「あ、以蔵、おはよう! 稽古してたの?」
「……ああ」
肩にかけた手拭いで髪を拭きながら、一瞬私の方を見たけれど以蔵はそれ以上視線を私に合わせようとしない。いつものことだからもう慣れたけど。
「……そういえば女将が下で呼んでた。朝餉の準備ができたと言っていたから、一緒に取りに行くか?」
うん、頷いて立ち上がると、慎ちゃんも一緒に腰を上げた。
「俺もお手伝いするっスよ」
「……俺とこいつで充分だ」
いいから行くよ! そう言って慎ちゃんは以蔵の背をぐいぐい押して部屋を出て行った。そのあとを私も追う。襖を閉める前に、ぼそりと呟いた龍馬さんの声が聞こえた。
「……以蔵も、か」
「そういや。おんしにちっくと頼みごとがあるんじゃが」
ご飯を食べながら、龍馬さんがそう言う。
「なんですか?」
「今日、買い物に付き合うてはくれんかのう」
にこにこしながら言う龍馬さんに、みんなの視線が集まった。
「何言ってるんスか、龍馬さん! 姉さんとふたりで出歩くなんて危険すぎます!」
「そうだぞ、龍馬。お前が一番無自覚だ」
あああ、うるさいのう、龍馬さんは箸を置いて耳を押さえている。
「何のご用ですか?」
「おう。実は春猪の誕生日が近うての。何か送ってやろうと思ったんじゃが、ワシが見立てるよりおなごのおんしの方に見てもろうた方が春猪も喜ぶんじゃないかと思うてな」
春猪さん。確か、龍馬さんの姪御さんだっけ?
「私でよければ。楽しそうですね」
「ほうか。では、朝餉が済んだら行くとするか」
はい、と頷くと、みんなが黙ってしまった。さっきまでは出かけるなんて、って言ってたから反対されるかと思ったのに。なんだろう?
「……りょうまさ~ん?」
朝餉を片づけに行った小娘が部屋を出た途端、慎太郎が龍馬に詰め寄った。
「な、なんじゃ?」
「龍馬。やはりお前が一番性質《たち》が悪い。なんだかんだと抜け駆けしようとするのはいつもお前だ」
「人聞きの悪い! ワシはただ、自分では選べんからだな!」
言い返そうとする龍馬をよそに、武市も慎太郎もそれぞれの膳を持って立ち上がった。
「お? なんじゃ?」
「俺たちも行くに決まってるでしょう? 姉さんは俺たちみんなのものっスから」
「以蔵、お前も来い」
押し黙っていた以蔵も、武市の言葉に「はい、先生」と膳を持った。
「じゃから……そんなつもりではないと言うちょろうが!」
春猪さんは、私と同じくらいの年なんだそうだ。
龍馬さんとふたりでお買い物に行くのかと思っていたら、やっぱりみんながついてきた。あちこちの店をみんなで見て回るのはすごく楽しい。この世界に来てから、こんなことは初めてかもしれない。
「ところで龍馬、『誕生日』とは一体なんだ?」
小間物屋の店先で小さな化粧箱の抽斗を開けたり閉めたりしながら、一体これは何に使うんだ、と不思議そうな顔をして以蔵が龍馬さんにそう聞いた。
「おお、おまんは知らんがか。西洋では自分の生まれた日をみんなで祝うんじゃ。日本じゃあ新年にみなひとつ年を取るが、西洋では誕生日を迎えて年を取るっちゅう訳じゃ」
「なんだ、面倒だな」
「そうは言うがな。この世に生まれたことを感謝するのはえいことじゃ。これのえいところは、自分だけでなく、誰かがこの世にあることを喜べる、ちゅうことやき」
誕生日。そんな風に考えたこと、なかった。それが当たり前すぎて。
確かに嬉しいものだけど、そういう意味で喜んだことがあっただろうか?
龍馬さんの言葉のように誕生日を祝えたり祝ってもらえたりすれば、それはすごく嬉しいものだと思える。
春猪さんがこの世にあることを祝うために、こうやって悩む龍馬さんを見ているだけで、なんだかすごくこころが温かくなる。私も、まだ見ぬ春猪さんのために、何かをしたいと思える。
「あ、龍馬さん。これなんてどうですか?」
「どれどれ?」
「龍馬さん。ちょっと寄って行きませんか?」
買い物の帰り道、慎ちゃんがお団子屋さんの前でそう言う。そうするか、龍馬さんがそう答えて、みんなで中に入った。
結構長く歩いたせいで、少し足が痛かった。鼻緒が当たって痛いなあ、そう思って顔をしかめたのを慎ちゃんに見られていたのかもしれない。そんな気遣いが、本当に嬉しい。
「よう、奇遇だな!」
そう声をかけられて、奥の方を見ると――
「……今日は仏滅か?」
武市さんが、溜め息をつく。その視線の先、笑いながら手を振っているのは高杉さんだった。隣で桂さんもにこにこ笑っている。
「珍しいですね、皆さんお揃いで」
「?」
その言葉に首を傾げる。龍馬さんたちは普段はいつも一緒だし、私がこの四人にくっついているのもいつものことだ。珍しい、って何が?
「……たまたまだ」
その声にはっとして振り返った。
「お、大久保さんっ!?」
「い、いつからおったんじゃ!」
「団子を求めようとその通りに差し掛かったところでお前たちを見つけただけだ。だから、たまたまだと言っている」
大久保さんがそう言いながら、私の腕を取った。早く座れと言わんばかりに私をぐいぐいと押し出す。慌てて、高杉さんたちが座っている机に相席する形で私たちも座った。
「なんだ、俺に貢物か?」
龍馬さんが机の上に置いた風呂敷包みを見て、高杉さんがにやりと笑う。
「なんでじゃ。これは姪への誕生祝いじゃ」
「誕生祝い。こりゃまたハイカラだな」
「龍馬の新しいもの好きは今に始まったことではありませんからね」
武市さんがそう言って、私の方を見て意味深に笑う。まあ、そうだよね。私を拾ったのだって、余りにも珍しかったからだろうし。
「ふむ。で、小娘はいつが誕生日だ?」
大久保さんがお茶を飲みながらそう言った。その瞬間に、みんなの視線が一斉に私に注がれる。
「そういや聞いてなかったっスね」
「え……」
この世界に来てから、カレンダーなんてないし……月の数え方も違えば曜日も週もなくて、正直日付がよく分からなくなっていた。今日って何月何日でしたっけ? そう聞くと、桂さんが日付を教えてくれた。
「……あ。四日後です」
私がそう言うと、みんなの動きが止まった。そして、黙ったままみんな立ち上がってしまった。
「え、あ、あの……?」
「悪い。用を思い出した」
「私もです」
「このような刻限か。屋敷に戻らねばな」
「あああ~……そういや、ワシも大事な用事が……」
え? み、みんな、どうしちゃったの?
「……俺が連れて帰ってやる」
以蔵がそう言うのを、みんなが振り返って見た。そして、一様に溜め息をつく。
「仕方ない。頼んだぞ」
「はい、先生」
「い、いってらっしゃい……」
みんなを見送って、以蔵とふたり。
「……どうしちゃったのかな、みんな……」
そう聞いてみたけど、以蔵は何かを考え込んでいるふうで、何も答えてはくれなかった。
ーガチャる?