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2013.05.14
「落描」追加。
夕暮れの迫った窓の外はオレンジ色に染まっている。
大久保さんの髪がその光を照り返して、大久保さんの姿を浮かび上がらせる。
今夜は夜会。
本来なら夫婦同伴で出席しなければいけないのだけれど、私の具合があまりにも悪くて、大久保さんは私が夜会に行くことを許してはくれなかった。
夫婦。
そう考えて、頬が熱くなる。
大久保さんとこの世界で生きてゆく。そう決めてから一年になるというのに、まだ実感がない。
大久保さんは白手袋をしながら、ちらりと私を見て笑った。そんなふうに見られたら、ますます顔が元に戻らなくなってしまう。
支度を整えて、大久保さんは玄関に向かった。私もそれを見送るために階段を降りた。
「では、出かけてくる。留守は頼んだぞ」
振り返ってそう言う大久保さんに、「行ってらっしゃい」と声をかける。なぜか、大久保さんは困ったように笑った。何だろう?
「そんな淋しそうな顔をするな。行くのを躊躇うではないか」
「そ、そんなことないです! これでもいろいろ忙しいんですから!」
見透かされて、私は慌てて言い繕った。そんなことだってきっとお見通しだ。きっちりとはめた手袋を外して、私の頭をくしゃっと掻き回した。
「大人しく待っていろ。なるべく早く片づけて帰ってくる。……暴れるなよ?」
「あ、暴れませんっ!」
どうだか、そう呟いて、大久保さんが私のお腹に手を伸ばす。
「ちゃんと布団に入っていろ。まだ悪阻も治まらんのだろう?」
そんな気遣いの言葉が、じんわりと私を包んでくれる。温かい眼差しに、思わず涙が溢れそうになる。
そっと私の頬に口づけて、大久保さんは馬車に乗った。難しい顔をしてずっと前を向いたままの大久保さんを見送る。
「行ってらっしゃい……早く、帰ってきてね」
大久保さんの前ではそんな素直な言葉は出てこないけれど。でも、隠したつもりのそんな気持ちだって、大久保さんには何もかも伝わってしまうに違いない。
いつか素直な気持ちを伝えたら。大久保さんはどんな顔をするんだろう?
そう考えたら、ちょっと面白くなってきた。
大好き。
見えなくなった馬車の向こうに、そう呟いた。