ただ 水の流れの如く 揺蕩うもの
これは、お前の仕事(バナー)

「……あ……じ。……あわじ……」

 私を、呼ぶ声がする。

 うとうととまどろみながら、長着を引き寄せる。まだ身体がふわふわしていて、起きたくない。

「淡路。……淡路!」

 はっきりと自分の名前が聞き取れて、私ははっと目を覚ます。

 枕元で、着物を無造作に引っ掛けたままの大久保さんが、じろりとこちらを見ていた。

「はっ、はいっ!」

 慌てて起き上がると、はらりと自分の肩が露わになった。掛っていた長着を引き上げて急いで隠したものの、それを見て大久保さんがふっと笑う。それでも何も言わない大久保さんに、逆に恥ずかしくなってしまった。

「……何ですか」

 ちょっと睨みながら言う私に、大久保さんは銀色の吸い口がついた煙管を軽く振ってみせる。

「お前が掃除しないから、煙草をやれん」

 大久保さんは、心配なくらいヘビースモーカーだ。いつも煙管をふたつ持っていて、銀は昼用、金は夜用と決めている。

「これは、お前の仕事だろう?」

 大久保さんの長い睫毛が、その綺麗な顔に影を落とす。思わず、見惚れてしまう。溜め息が零れそうになって、隠すように私は手を口に寄せた。その手から立ち上る大久保さんの煙草の匂いに、胸がぎゅっと痛くなった。

 その気持ちを気取られないように、私はわざとぶっきらぼうに返す。

「まだ夜でしょう? 金の方を使ったらいいじゃないですか」

「……もう夜明けだ」

 大久保さんが、障子を薄く開ける。覗いた空は、微かに青みを失っていた。

「ちょっと夢中になりすぎたな」

 にやりと笑う大久保さんに、顔が知らず熱くなる。

 ゆっくりと、大久保さんの長い指が私の頬へと伸びてくるのを、私は夢のように眺めていた。その美しい手は私の項《うなじ》を捉え、そして私をそっと引き寄せる。大久保さんの髪が、私の鼻先に揺れる。そこからは、同じ煙草の匂い。

「これは、お前の仕事だ。これからも、ずっと」

 苦いその匂いをいっぱいに吸い込むと、胸が震える。そして、温かな思いが私に溢れ返る。

「……はい」

 あなたの傍に居よう。あなたが私を必要としてくれる限り。私は、あなたの傍に居る。

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